鬱の旦那との接し方

私が体験している全ての実生活をエッセイ化の如く綴るブログです(o^^o) 共感して頂けると幸いです。

鬱って最初は勇気

- Rくん編-


夫は昭和52年8月23日埼玉県で産まれました。 なんと‼️ 4人姉弟の末っ子、三男です。
家は自営業を営んでおりまして、今はもう厳しい世界の『古紙回収業者』です。義父亡き 現在もお義兄さんが継いで、続いております。
聞いたことのない村や…千葉県八千代市など、様々な地区で幼少の頃を過ごし、船橋市の高校に入って私と出会いました。


その時から何故か髪を切らなかった。。。肩まで伸びても切りに行くほうが面倒くさい。というこだわりがあったみたいで、とても特殊な子だったと周りからは聞いています(笑)

そんな話はさておき。(もう夫の紹介は飽きた)



さて、ここからです。そんな夫が鬱生活に入ったキッカケを少しずつお話しします。キッカケ?キッカケ……は私にあるような無いような気がしますが(⌒-⌒; )



私達は高校3年生の終わり頃から付き合い始めました。とてもシャイな夫は、学校ではあまりイチャイチャするのは苦手で、周りは付き合っていた事は知らなかったと思います。
え?そんな事あります普通💧 でも、本当なんです。卒業式のカミングアウトまで、誰も知らなかったんじゃ無いか?ってか本当に付き合ってたのか?今でも疑問が残ります(爆)


-あき編-


小学生だった当時、私はSMAPに夢中でした💕 SMAPがまだ6人だったあの頃……テレビで木村拓哉さんを見て、こんなにカッコいい人がこの世に実在するのか‼️と、心震えました。 SMAPが出演している番組は全てビデオに収め、24歳でお嫁に行く頃にはその数100は超えてました‼️



 SMAPをずっと見ているうちに、あれ?なんか違う。この人ただのカッコいいおにーさんだ!って事に気付き、段々と心離れて行きまして、当時1番カッコつけてた稲垣吾郎さんが好きになりました💕 中学生のオトメゴゴロなんて単純なもので、すぐ心変わりしちゃうんだからねー(笑)



コンサートも毎年足を運び、握手会(当時はあったの)も凄い人だかりの中参加し、とにかくSMAP SMAP(^^)  SMAPがいなかったら私の人生は終わっていたと思うくらい、大好きでした。


16歳で両親が離婚してからというもの。少し他の家庭とは違う何かが生まれてしまいました。 母の浮気が原因だったので、母1人突然居なくなり、父の元に姉弟3人残されたわけですが、そりゃ普通にはしてられませんよね。


勉強はしない。終電で帰宅は当たり前。←ごめんなさい。


さらには家庭内暴力までに及びました。ターゲットはもちろん父親です。絶対にやり返してこないと分かっているから、思い切り甘えたかった反動です。 仲裁はいつも祖父。   


まだ力があった頃だったので2人を押さえつける事が出来たのでしょう。祖父が居なかったから…と思うとゾッとしますね。
他人事のように書いてますが、全て自分の身に起きた実話です。 本当にどうしようもない人生で、この頃から『死にたい…』と思う気持ちが初めて芽生えました。

そんな2人が出会い、結婚に至るまでも…色々ありました。 相手方の宗教的な問題。結婚式が出来ない現実。


この結婚は果たして正解だったのか?一生解決には至らないと思います。


健やかなる時も病める時も……一緒に支え合う事を誓ってしまったのですから。笑顔のない、挨拶もない夫とどう向き合うか、ずっと模索中であります。




『俺、変だ。明日病院行ってくる…』


『どこか痛いの?』


『もうやる気が起きない。心療内科に行く。。。。。‼️』




ここからが本当の闘いになってしまいました。



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